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2006年3月 2日 (木)

あれから3年

父が亡くなって今日で3年経ちました。

唯一我がままを言える母があっという間に亡くなった後、ひとり(+にゃんこ)残されてどうなるかと・・・。耳がすごく遠かったけど、足腰が強くて、母がいなくなってからも母との約束の1万歩を毎日歩いてましたね(時々ずるしてたみたいだけど・・笑)。

牧師の家の9人兄弟の長男で生まれたから、我慢我慢で過ごしてきたようで、自分にも他人にも厳しく、子供にでさえ心をなかなか許さない人でした。戦後、シンガポールから日本に戻ってきた後もずいぶん苦労をしたようです。

得意の英語を活かして貿易の仕事をしていましたが、アメリカの出張に行く度に日本で手に入らないガムやコーンフレークスを買ってきてくれましたね。そういう時は優しく見える父でした(笑)。(そういえば、40年以上前は羽田空港で〝ばんざ~い〟と言って送り出される時代でした)

遊び大好き・・の母に比べて、家と会社を往復するだけの父でしたが、ゴルフとボーリングの趣味を見つけ、母もホッとしていたようでした(笑)。ボーリングは今は無き狸穴の〝麻布ボウル〟の会員で、ボーリングをやらせてもらえるので、私は毎週車で迎えに行ったものでした。私に免許を取らせるのを大反対だったのに、そんな時はうれしそうでしたね。

母がいなくなってからは、兄達と同じ敷地に住んでいたのですが、人に面倒を見てもらう事が大嫌いだったので、気丈にも一人で暮らしてました。ただ・・前は遊びに行っても、帰り際は〝じゃ、またな〟って言ってたくらいだったのに、一人になってからは、車が見えなくなるまでずっと手を振ってました。さみしかったのかな~・・・。父の体がすごく小さく見えて、帰る時はいつも涙が出ました。

そして母が亡くなって3年半、父らしく誰にも手を煩わせずにあっという間に亡くなってしまいました。クリスチャンの父は天国に召される事には恐怖は無かったと思います。大好きな母のところに行けて、良かったのかも・・・。きっと二人で仲良く天国から見守っていてくれているでしょう。

父が拾ってきたチーちゃんも、元気ですよ~。

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コメント

そっか、もう3年経つんだね。
高校生の頃家へおじゃましても、パパは照れ屋でいつも隠れちゃっていた(笑)よね。
だからその頃のパパの印象ってあまりないんだけど、ボーリングをやっているなんておしゃれな人だなぁ~って思ったのを覚えている。
妻が先に逝ってしまうと、男の人はふっと力が抜けたみたいになって寂しそうだね。
私の父もいつも玄関の外まで出て、私が角を曲がるまでずっと手を振って見送ってくれたっけ。
妻たる私達としては、身体を鍛えて、好きなことをやって(言い訳っぽいけど・・・)長生きしなくてはね!

投稿: ラブリオバ | 2006年3月 7日 (火) 18:12

>妻たる私達としては、身体を鍛えて、好きなことをやって(言い訳っぽいけど・・・)長生きしなくてはね!

その通りですね~。それと、もし自分が先に逝ってしまったことを考えて、家の中を整理し、わかりやすくして、旦那一人でも家事をきちんとできるようにしてもらう事も、妻の仕事だな~って思います。
「私がいないと何にもできないんだから…」って言う奥さんは、絶対に旦那さんより先に逝ってはいけません(笑)

投稿: madame-tosi | 2006年3月 8日 (水) 16:13

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